ラバウル(その1)

(以下、T:トニー長老/K:かおり)

K:ラバウルはどんな経緯で行くことになったんですか?

T:4月20日に、お役目の話から、かつて戦場だった太平洋の島に行きたいと話したすぐ後に、たまたま5月7日から18日までぽっかり予定が空いてたから、何となくネットで検索したら、
1週間で行けるツアーを見つけたのよ。
いくつかあったけど殆ど東京の会社がやってるツアーで、その中で一つだけ大阪に支店がある会社があって、場所確認したらよく行ってる場所のすぐ近くだったから、ふらっと行って聞いてみた。
そしたら、飛行機も取れるし宿も取れるしビザもその場で発行してくれるらしいし大丈夫ですよって、すぐ手配してくれて行けることになった。

K:あはは。速いですね。

T:そうね。
本当は、先にガダルカナル行って、ラバウル行って、1回で全部まわって来ようって思ててんけど、間に別の場所で1泊して乗り継ぐ必要があるって言われて、それはもったいないしなと思ったんで、今回はどっちかにしようと思って、ラバウルにした。
まあ、ラバウルの方がまだ軽いかなと思ったのでね。
ガダルカナルは、「飢島」(がとうー飢えの島)と言われたくらい、最後は食べるものもなく兵隊さんたちは餓死していかはったらしいからね。

K:えー!そうなんですか。

T:うん。だから、なかなか行くのきついなと思ってね。
ラバウルの方は畑とか作って、何人かは終戦まで生き延びた人もいたらしいからね。
だけど調べてみたら、亡くなってる人数はラバウルの方が断然多かってんけどね。

K:そうなんですか。

T:うん。10万人以上亡くなったみたいよ。

K:そんなに!?
そんなに広い土地じゃないですよね?

T:うん。だけど基地やったから、そこから飛行機で飛んでった人が爆撃されて亡くなったりしたら全部そこの死者数にカウントされるからね。

なかなか、ラバウルも凄かったよ。

色々行ったけど、一箇所だけ入れへん所があったのよ。
「山本バンカー」っていうところ。

メモ(ラバウル旅行メモ 2)にも書いたけど、
「5月12日 山本バンカーに行くけど、鍵を持ってる人が見つからず、入れなかった。」

そこは、山本五十六(やまもと いそろく:太平洋戦争時連合艦隊司令長官)がラバウルにいて、そこで作戦取る時はいつもそこにいたという場所。
それが残ってて、その中にも入れるってことやってんけど、何故か僕は入れなくてね。
なんでやろって思いながらね。

K:なんでしょうね。
山本五十六さんは日本には帰って来られたんですか?

T:帰ってきてない。
ラバウルから、その先にあるブーゲンビル島やったかな、
へ飛んで行っている途中で敵に狙撃されて亡くなってる。

K:まだそこにいらっしゃるのかもしれないですよね。指揮を取ってる状況で。
まだ帰らないって意思表示じゃないですか?

T:かもしれへんね。

K:考えさせられますね。なんか。

T:元々戦争には反対の人やったらしいよ。
真珠湾攻撃を最初に成功させれば、つまり、一撃を与えてある程度のところまで日本が占領した状態ですぐに和平交渉を行えば、なんとか上手くいくんじゃないかという考えで渋々開戦に同意した、まあ上の方の命令ではあるだろうけど、ということらしいよ。
いろんな思いを持ったまま亡くなっていかはったのかもしれんね。

K:そうかー。
なんとも言えないですね。

T:この時のガイドさんは、これでもかってくらいいろんな所に連れて行ってくれたよ。飛行場は3箇所行ったし。

K:行った所は、所謂、戦闘があった場所なんですか?

T:ラバウルって所は、基本はここで戦闘をしてた場所じゃないのよ。日本軍の基地が置かれてて、ここから戦場に戦闘機が飛び立って行ってた場所。だから飛行場が3つあって、その3つの飛行場から毎日のように戦闘機が飛び立ってた場所やね。

K:だから、飛行場に行かれたってことですね。

T:そう。
今使ってる空港も、これは少し前に火山の噴火で埋もれた空港の後に作った空港やけど、元々日本軍が緊急脱出用に作ってた飛行場の跡地を利用してできてるらしい。

K:ガイドさんは日本語も話される方だったんですか?

T:うん。ガイドさんには本当にいろんなことを教えてもらったよ。
このガイドさん、フレッドさんていうんやけど、フレッドさんは一週間ずっと僕に付きっきりやったからね。

K:へー凄いですね!

T:もう殆どVIP扱い 笑

K:それはツアーの条件に入ってたんですか?

T:ううん。ツアーにはそんなん書いてないよ。
戦場跡を回る日だけガイドが付きますって書いてあるだけ。
ところが、空港まで迎えに来てくれて、ホテル着いた後にフリーな時間があったからスーパーに買い物に行きたいって言ったらそこまで付いてきてくれたし、その日の夕食も一緒に食べてくれたし、次の日の夕食も一緒に食べてくれたし、ずっと相手してくれた。

K:ほんとですか 笑

T:で、その次の日かな?ダイビングしたいって言ったら、
ダイビングのインストラクター連れてきてくれて、全部段取りしてくれて、ダイビングのライセンス取るまでの4日間、ずっと間で通訳してくれた。

K:ほんとですか!?凄いですね!笑

T:そうよ。僕らが海に潜りに行ってる間、ボートで待機してて、
水面でインストラクターが英語で言ったことをボートの上から通訳してくれんねん。

K:へー、ほんとにVIP待遇ですね!

T:帰り空港で別れるまでずっと付きっきりやったよ。

K:良かったですね。

T:うん。

K:それは観光客が少ないから、ってことですか?

T:うん。少ないし、たまたまその期間来たのが僕一人やったんよ。

K:被った人がいなかったからですね。

T:そう。もう1組、土曜日からかな?来た人がいはったんやけど、その人はフレッドさんの義理のお兄さんが日本人で、その人が担当しはったから。
で、その土曜日から来た人が、日本人の牧師さんのご夫婦で、この人は、ちょうど戦後70年の年から、戦争のあったエリアの教会をまわって、そこでお祈りをあげてまわってる人やったの。
なんでこんな人に出会うんやろって感じの人よね。
その人に出会って、出会った後は、なんか事あるごとに接触するのよ。

K:へー

T:で最後、飛行機で帰ったんやけど、向こうはシンガポール、僕は香港って別れる所までほぼ一緒やって、最初のうちはそうでもなかったけど、それだけ接触あったから、名刺交換して帰ってきたけどね。

K:またどこかで会うかもしれませんね。

T:うん。向こうの方がもっと色々まわってはるから、南の島のこと無茶苦茶 詳しいからね。ラバウル来たの5回目やとか言ってはったしね。
いろんなとこ回ってはって、いろんな話をしてはった。

K:へー

「ラバウル(その2)」へ つづく)

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Posted by kaori